業者としてのデザイナーと作家としてのデザイナー
今回は『解説 般若心経』の装幀をとりあげます。版元は平河出版社。私はこの出版社の創立時の社員第1号です。詳しくは別稿で触れることになりますので、ここでは省略します。
この仕事を依頼してくれたのは平河出版社のOくんでした。Oくんは私が退職するのと入れ違いに入社してきたので後輩に当たります。
出版社にはチラシや新刊案内、広告などをつくる制作仕事と装幀などのような作家仕事があります。当時の出版界では、制作仕事は出版社内部の制作部で行うか、制作部がない場合は外注のデザイナーに発注していました。この場合のデザイナーは業者として扱われます。一方、装幀やブックデザインなどは作家として、著名なデザイナーや実績のあるデザイナーに依頼していました。
その違いは、例えば制作仕事はデザイナーが出版社へ出向いて行って仕事を請け負うのに対して、装幀などは編集者がデザイナー(作家)の所へ出かけて行って仕事を依頼します。制作仕事を請け負うデザイナーは印刷屋さんなどと同じ「業者」扱いで、装幀やブックデザインなどを依頼されるデザイナーは「作家」扱いでした。
ギャラに関しても制作仕事を請け負ったデザイナーは請求書を提出したのちに料金が支払われ、作家として扱われているデザイナーは請求書を出すことはなく、本が出版されてから「原稿料」または「謝礼」と言う名目で支払われていました。
また、クレジットの場合は、装幀した担当デザイナーの名前がジャケットの折り返し(ソデ)や奥付に記載されますが、チラシや出版案内などの制作を行っても名前は記載されません。名前が記載されるということは、その部位の制作に「責任」を請け負っているということであり、それが「作家」ということでもあります。チラシなどのようにクレジットがない場合は、その責任はすべて出版社が負うということになります。
このように同じデザイナーでも制作仕事を請け負うデザイナーは装幀などを行うデザイナーよりも格下的に扱われていたのです。
私は平河出版社を辞めてからも制作仕事をさせてもらっていました。そんな中、私よりも後に入社してきた人たちとは一業者として関係していました。その後、私は他社でデザイナーとして認められるようになりましたが、そういう経緯というものは習慣化していて人と人の関係はいつまでも変わりません。親は子がいくつになっても子ども扱いをするというように、身内を見る目は簡単には変わらないというのに似ています。
そうした関係が続く中、最初に私を「装幀者」として仕事を依頼してくれたのがOくんでした。
平河出版社は創立者が僧侶なので宗教や人文科学関係の書籍の出版が多く、南アジアの文化にはまだ陽が当たらない頃に先駆けてその種の分野の出版を行っていました。この『ネパール』は南アジアの文化などを紹介した一般書籍としては嚆矢(こうし)と言えます。
『ネパール』の装幀の評判が良かったことでOくんは次々に仕事を依頼してくれるようになりました。今回、題材にしている『解説 般若心経』はその中の一冊です。
装幀とは
装幀 (そうてい)は装丁、装釘とも書きます。それぞれに意味があって混乱するので、この稿では「装幀」と表記します。
Wikipediaでは、装幀とは「一般的には本を綴じて表紙などをつける作業を指す。 広義には、カバー、表紙、見返し、扉、帯、外箱のある本は箱のデザイン、材料の選択を含めた、造本の一連の工程またはその意匠を意味する。」と定義しています。
正確さを期すために少し複雑に書いてありますが、要するに
「カバー、表紙、見返し、扉、帯、外箱などをデザインすること」
と理解していいと思います。ただし、これらは書籍の場合のことで、雑誌の場合は「装幀」と言うのを聞いたことがありません。
※ 「…本を綴じて表紙などをつける作業を指す…」この一文は西欧の伝統的な造本技術である「ルリユール」を想起させます。ルリユール(relieur)はフランスにおいて16世紀末頃からその職業が発生しています。劣化した書物の綴じ直しや、仮綴じ本の装丁(装幀)を施すことです。
ところで、本の部位を「カバー、表紙…」のように表記してありますが、この表記には違和感があります。それについて私なりの考えを述べます。
※【書籍の部位 呼称のいろいろ3】「みのり」さんのブログ
http://www.bookdokusyo.com/article/456371421.html
「みのり」さんのブログでは書籍の構成要素がきれいな写真入りで丁寧に説明してあります。画像が沢山あるのでここでは省略します。是非、サイトにアクセスしてみてください。