装幀の「S-SHM」
今回は、私のオリジナル書体である「S-SHM」をどのように描いたかをリポートします。
その前に、フォント化された「S-SHM」はその後、島津デザイン事務所のデザイナーによって使用されていますので紹介します。
上の画像(書籍)はデザイナーの須藤康子氏の仕事です。コメントを頂きましたので紹介させていただきます。
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大きく使うとキリッとします。また文字の中の「点」の丸みがなんとも愛嬌があり好きです。
このオリジナルフォントの面白いところは、宗教書で使う文字から制作が始まっているので難しい漢字はふんだんにあるのですが、小学校で習うやさしい漢字がときどき無いことです。無い文字を制作依頼している間、既製(代替)のフォントを入れてレイアウトをしますが、仕上がった文字を入れるとデザインがシャキッとします。これはS-SHMの魔法です。装幀のタイトルとしてたくさん登場してもらっています。 須藤
写植の弱点は描いて補う ~アナログ時代の手作業の日々~
当時、私の会社ではプレゼンテーションのためのラフスケッチや作品を試作する時のために、使用頻度の高い写植書体の中から幾種類かを揃えていました。
写植は文字盤の文字(16級)をレンズで拡大または縮小して印画紙に焼き付けたものです。従って、印字された文字をルーペなどで見ればエッジが粒子で荒れているのが分かります。加えて、若干だけれど粒子には濃淡もあるので、それが原因でボケて見えます。また写植を印字する際に印画紙が円筒形のドラムに巻かれることから、大きな文字には歪みが生じる場合があります。
従って、写植を拡大使用するとエッジの荒れや歪みが目立つようになります。小さい文字(級数)で印字すれば歪みは少なくなりますが、大きく使う場合は印字されたものを拡大することになるので、やはり「荒れ」が目立つようになります。
写植を拡大した場合の粒子の荒れ方や歪みをいろいろな大きさで試した結果、50級で印字しておいて、拡大または縮小して使用するのが「歪み」と「荒れ」を抑える妥協点だと分かりました。
その結果を基にして各書体を印字することにしました。1枚の印画紙に14文字詰、10行くらいを収めています。1書体40枚くらいになります。
写植の秀英体(50級)を使用するときには書籍のタイトルに使用されている文字を拾い出します。拾い出した文字を一文字一文字コピーして切り貼りし、1行に組み直して使用しました。ラフが採用になったら改めて使用する大きさで写植を発注します。
タイトルを大きく使用している場合は描くことにしていました。拾い出した写植(またはコピー)を下敷きにして、ひと文字40mmまたは80mmに拡大して、その時の仕事イメージに応じた書体としてアレンジして描いていました。
仕事ではタイトルを大きくすることが多くて、そのたびに描いていました。周りから「書体」にしたらどうかという声もありましたが仕事が忙しい中、何千もの文字を描くことは不可能に思えたので半ば諦めていました。
築地体初号活字に出会ったのはその頃のことでした。どこがどう違うのか分からないまま、美しくていい文字だと思っていました。のちに気づいたのですが、それは「築地体」というよりも「初号活字」に対する思いだったようです。
それは、文字の態を損なわないギリギリのところで記号化されたものでした。「書体」としてこのような文字を描いてみたいと思いました。
デジタルは日々、目覚しく進化していました。企業間の開発争いもあって、アプリケーションはようやくアナログ時代の感覚に追いついてきていました。アプリケーションのIllustratorも使い勝手が良くなっていて、書体開発はチームでやって5年かかると思われていましたが、ひとりで1年でやれそうに思えてきました。そんな状況が追い風になり、書体づくりを始めました。
書体づくりの三要素1 モデュール
書体をフォント化するには描いたのちに、しかるべきソフトを使ってプログラムする必要がありますが、プログラムに関してはスタッフが担当してくれるというので、私は描く作業に専念させてもらいました。
この時の書体づくりの目的は「秀英体の仮名」や「かな民(築地体の仮名)」と合わせる(混植)ことが目的なので「漢字」だけを描くことにしました(のちに「かな民」も描いてフォント化しています)。とはいってもその数は厖大なので、とりあえず常用漢字の2,000文字くらいを目標にしました。
フォント化することは決めたけれど、どこから手をつけていいものか分かりませんでした。それまでタイトルやロゴタイプはたくさん描いてきたけれど、書体デザインにはそれらとは少し違ったルールがあると聞いていました。学習しながらの書体づくりになりました。
書体づくりの三要素というのがあります。モデュール、エレメント、バランスの三つです。
「モデュール」は文字の大きさ、線の長さや太さ、線と点の位置を決める基準になる重要なものです。例えば英語のブロック体を書く場合、ノートに4本の罫線を引き、上の二つ分を大文字、中のひとつ分を小文字、「y」や「q」などは下のふたつを使って書くなどのようにルールがあります。そのときに決められた線と線の間隔の基準寸法を表したものをモデュールといいます。例えば、英語のノートの場合は等間隔で4本の線は引かれていますが、2本目と3本目の間隔(幅)を変えただけで書体(文字)のイメージは大きく変わり、別の書体ができあがります。
日本語には毛筆の時代からモデュールのようなものは存在しません。活字やフォントの時代になっても、せいぜい正方形を基本にしているということが規則と言えば規則としてあるくらいです。私たちは習字の授業で半紙を四つ折りにして、十字の折り目を目安に書いていました。また、毛筆で文章を書くときには文字の左右中心を意識しながら縦長、横長の文字を自由自在に変化させて書いています。規則らしい規則はありませんが、その場合は半紙の四角と折り目の十字がモデュールの役割を果たしているといえるかもしれません。
書体づくりの三要素2 エレメント
「エレメント」は文字を構成する要素です。それらをいくつか集めて文字を構成します。幸いに日本語(漢字)には毛筆の運筆法に永字八法というのがあります(下図)。そのようなものだと理解すればいいでしょう。
書体づくりの三要素3 バランス
「バランス」は書体全体のバランスと個々の文字のバランスの二つがあります。個のバランスは全体に、全体のバランスは個に影響しています。また、バランスには「大きさのバランス」「長さのバランス」「空間のバランス」「重心のバランス」「密度のバランス」などのようにいろいろなものがあります。
以上のように、書体をつくるにはいろいろな約束事を決めていかなければなりません。とても複雑で経験が必要な作業です。今回の場合、モデュールとバランスは秀英体のものを使わせてもらい、エレメントだけをオリジナルのものにすることにしました。エレメントを変化させることが書体のイメージに最も大きな影響を与えるからです。
次ページではS-SHMの「エレメント」の中からいくつかをピックアップしてどのように描いたか、そして元字である「写植の秀英体」や標準的な特太明朝体である「ヒラギノ明朝 StdN W7」とどのような違いがあるのかを検証します。