この1年余り、公私共にあれこれあったために、ブログの更新がすっかり遠のいてしまいました。今回はこの1年間にあったいくつかの「あれこれ」の中のひとつを報告しようと思います。
最初は『Design 書』でエッセイを書いた話です。
『Design 書』は「一般社団法人 日本デザイン書道作家協会」が発行している会報です。筆文字を使った装幀の話を書かせていただきました。
そして本文はフォントを使用せずに、「ガリ版印刷文字風」の手書きのペン字に挑戦しました。
書籍と映画のポスターでタイトルの字体が違うのはなぜか
JDCAのT氏から連絡があったのは去年(2023年)の5月頃でした。既に1年半になろうとしています。JDCAとは「一般社団法人 日本デザイン書道作家協会」の事でT氏は副理事長を務められています。
JDCA協会のHPには「広告媒体用の書を商業書道またはデザイン書道とし、あらゆる書き文字を専門とする職業を「商業書道作家・デザイン書道作家」と位置づけ、エキスパート集団として情報交換や研鑽、社会的認知の向上を目指して活動しています」とあります。
平たく言えば、ポスターや商品のラベル、本のデザインなどの商品で筆文字を書いて活躍している人たちのサポートを行っている団体というくらいの意味でしょうか。詳しくはJDCAのホームページをご覧ください。(一般社団法人 日本デザイン書道作家協会)
依頼のきっかけは北野武監督による『首』がカンヌ国際映画祭で上映される事が話題になったことでした。その折に原作本『首』(北野武著、KADOKAWA刊)が紹介されて、表紙に使われた筆文字がT氏の目に留まったのだそうです。
書籍の装幀は島津デザイン事務所の矢野のり子氏が担当し、私が筆文字を書きました。
ここで書籍と映画のポスターのタイトルのデザインについて考えてみます。
私が装幀した書籍が映画化されたことは何度かありますが、ほとんどの場合、書籍の装幀と映画のポスターのタイトルデザインを統一するケースはありませんでした。
「出版と映画では違う」と映画会社の人から聞いたことがありました。何が違うのかずっと疑問のままですが、それぞれの業界でのオリジナリティや表現の立ち位置の違いでそのようになっているものと思っています。
例えば映画のポスターは主に描き文字が使われますが、書籍のタイトルは絵本やコミックを除くと活字(フォント)を使用することが多く、結果的にポスターは動的に、装幀は静的になっています。
広告業界はそれとはまた違っていて、描き文字であろうがフォントであろうが心理学的に「繰り返し見る」効果を重要視します。繰り返しによって購買層に強く印象付け販売促進を図るのが目的なので、企業名や商品名はロゴ化して統一するのが基本になっています。
より多くの人に認知してもらって売り上げに効果を反映させよとする広告関連の現場と、製作(または制作)現場のアイデンティティやオリジナリティに重きをおく映画や出版業界とでは、表現も自ずから違ってくるということです。それでも最近はどちらかと言うと広告業界の手法が主流になってきている感じがします。
良くも悪くも、出版界と映画界の立ち位置の違いに加え広告業界の思惑が多様化を生み出し結果を複雑なものにしているといえます。
『Design 書』からの執筆依頼を疑った
『首』を書いたのは2019年の秋も深まる頃だったので、T氏からの連絡があった時にはすでに3年が過ぎていました。すっかり忘れていました。
話は逸れますが、10年ほど前から生命保険の乗り換えの勧誘や正体不明の電話が多くなり、不審に思っていたところ、しばらくして自分が年金受給の年齢に達していることを知りました。それらに加えて役所や健保などからの通知書類が届くなどして、私は虚実入り混じった情報に疑心暗鬼になっていました。
情報化時代と言われて久しいですが、どこから情報が漏れているのか不審な電話やメールなどが増えて高齢者の私は日に日に悩ましさが増すばかりです。
そんな状況の中でT氏からのコンタクトはありました。何かの勧誘かと妄想したのです。あれこれ考えてみましたが妻の助言もあり、とりあえず会ってみることにしました。当日、副理事長と理事のお二人とお会いし、人柄に触れることでようやく疑念を払拭することができました。
T氏の用件は、JDCAが発行する『Design 書』(季刊誌)への執筆依頼でした。映画『首』が話題になり、封切りが11月に予定されているので、タイミングを計っての依頼だと思われました。
私の受け持つページは年間を通して依頼するものだそうで、季刊なので通常であれば4回の連載になります。しかし、コロナ等感染症対策による行動制限や自粛などがあったために1回分が省かれて、3回の連載になりました。
依頼内容は最初は『首』をテーマにして、残りは筆文字を使った仕事の話と画像をA4見開きでまとめるというもので、ほとんど何の制限もなく誌面を構成させてもらえるというものでした。
「自由」というのは、私たちのような「表現者」にとってはこれ以上のありがたい事はありませんが、一方で難しさも伴います。「ご飯、何がいい」と尋ねた時、「何でもいい(自由)」という返事が一番困るという話はよく聞きますが、そんな感じです。作家さんと違って、主に受注で仕事をしてきた私には面白くもありますが、それに倍して難しくもあったのです。
デザイナーというものは Another One(何か一つ)を考える
もう一つ問題がありました。見本としていただいた既刊本に執筆されているのは書家の方たちが多く、私は書家ではないという事です。これまでロゴタイプや本文中の見出しまで、文字は数多く書いてきましたが、筆文字は決して多くはありません。ましてや、「書」の専門家諸氏が見られる冊子だと思うと腰が引けてしまったのです。
とはいえ、楽しそうな仕事に思えました。誘惑に逆らえずに書かせてもらうことにしました。
最初に考えたのは上述のように、私に与えられた3回分の「構成」です。装幀に使用した筆文字が無いと話になりません。筆文字を使用した書籍を探しました。データや肉筆原稿の有無を確かめながらの作業になりました。
かろうじて3回分の使える原稿の目処がたつと、似通ったテーマを持つ筆文字を周りに配置することを考えました。3回分の誌面構成です。具体的ではありませんが見開きのイメージを大づかみにしました。頭の中でほぼ依頼に見合うだけの誌面ができてきました。しかし、何かが足りないと思ったのです。「言われたまんま」「依頼通り」。一般的に言うと、お客の言う通りに仕上がっていれば上々ですが、私には満たされない気持ちがあったのです。
私のような仕事をしていると他との差別化を重要視します。つまり、どのように目立つか、他と違えるかと言うような事に頭を使います。「Another One」それを考えるのが習性になっているのです。
カッコよくとか面白くという問題とは別次元のものです。
先ごろTBSの日曜劇場で『VIVANT』というドラマを放映していましたが、驚きの連続でした。でも、心に響かない、感動のないドラマとして記憶にあります。驚きだけではつまらない、と思うのです。
一方、先日、放映が終わりましたが『GO HOME~警視庁身元不明人相談室』というのをやっていました。制作費は『VIVANT』に遠く及ばないのではないでしょうか。しかし、全エピソードで涙を誘い、心を暖かくしてくれました。TVを見ていない人たちには理解し難い例えですが、機会を得て是非見比べてみてください。
話を戻します。
ただ面白いではない何か。私は何日か考えた末にガリ版文字でエッセイの本文を書く事を思いつきました。正確にはペンによる「謄写版印刷用文字(ガリ版文字)」です。絵本ならともかく、手書き本文、それもガリ版文字風のエッセイは見かけません。そういう意味では驚きがあると思います。気を衒っただけのアイディアだったら不採用ですが、「謄写版印刷用文字(ガリ版文字)」は、私のブログのテーマだと言っても良いくらいに、語ってきています。その事実が「謄写版印刷用文字(ガリ版文字)」で本文を書くことこそ「Another One」であることを語っていると思いました。
さて、今回はその結果を画像でお見せして終えることにします。
いつもであれば、作り方、書き方などの制作風景を述べるのですがそれは次回に譲ります。
[後記]一昨年の大掃除時に不整脈がでました。しばらく横になることで小康をたもったのですが、翌年始に再び出たものだから即病院へ行きました。かかりつけの病院の検査では大きく脈が乱れていて、そのまま大学病院へ再検査に向かいました。大学病院に着いて、待ち時間があったのですが、その頃にはおさまっていました。その日は不整脈の頓服を処方してもらい、何日か検査を続けた結果、冠動脈狭窄が見つかりました。時期を変えて不整脈とともに手術を行うことになりました。半年の間隔で2度の心臓手術を行いました。
昔だったら胸を開いてという大手術になったのでしょうが、カテーテルだったので3泊4日の入院で、即、通常の生活ができるようになりました。科学の進歩とはこういうものかと実感しました。
上述の原稿作成は2度の手術を縫うように、経過観察の期間で行いました。運良くタイミングは合致していて時間を有効に使うことができました。
制作期間中、ブログにあれも書こうこれも、と思い浮かんだのですが、不思議なもので仕事は仕事を生むようです。さらに、そんな時ほど「やってみたいこと」「作りたいもの」が浮かんできます。思った通りに進みませんでした。
動画制作が割り込んできたのです。それも、映画などではなくドラマのタイトルバックやコマーシャルなどで使われる「アニメーション」というものでした。
そんな「タイトル出現」の動画をいくつか作った頃、友人のカメラマンT氏から動画編集の仕事が舞い込みました。「タイトル出現」の動画はAfter Effectというソフトで制作していたのですが、After Effectは時間の長い動画には不向きで、いわゆるドキュメンタリーや映画のような動画はPremiere Proを使います。
娘が小学校卒業時にPTAから依頼されて式の様子などを撮影したものを編集するボランティアを行ったことがあります。その時に初めてPremiere Proを使いました。評判が良くて、娘が卒業してからもボランティアを続けたおかげで随分上達しました。しかし、娘が卒業して10年近く過ぎています。10年間のデジタルの進歩には目を瞠るものがあり、古い知識ではうまく動かすことができませんでした。覚悟して、YouTubeにアップされているチュートリアルで学びながらの制作になりました。
動画は次次回あたりで、完成品をお見せできるかと思います