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書体をデザインする(2)〜S-SHMを描く〜

ここからは、S-SHM作成の実際をダイジェストでレポートします。

準備するもの

【ライトテーブル、ペンシル、三角定規】
その昔、ライトテーブル、ペンシル、三角定規はデザイナーにとっての必需品でした。ライトテーブルはポジフィルム閲覧や、トレースのために使っていました。今は画像はPCで閲覧できるのでライトテーブルの需要は一部の人が使用するに留まっています。それも「トレース台」というような名称に変わっていてLED仕様のものが主流のようです
従って、私が使用している形式(蛍光灯使用)のライトテーブルは生産もされていないようです。修理を依頼したら新規に購入することを勧められました。

三角定規は、これも直定規とともにレイアウト指定紙や図版を作成するための必需品でした。
製図用ペンシルは比較的最近使い始めたもので、その昔はステッドラーの芯ホルダーに太い芯(2mm)をセットして、芯研器で常に芯を尖らせながら使っていました。しかし、版下作業よりもレイアウトの方が増え始めたあたりで製図用ペンシルに替えました。ただし、芯はステッドラーほどではありませんが太いもの(0.8mmくらい)で、Bまたは2Bあたりの柔らかいものを常用しています。

[ペンシル(鉛筆)]太さは0.8mm。B~2Bくらいの軟らかいもの。画像のものはGRAPHGEAR500 0.9MM。[三角定規]25cm~30cmくらいのもの。内田洋行UCHIDA 280mm 300mm。[ライトテーブル]A4の大きさをカバーできるもの FUJICOLOR W350mm H265mm。

【デッサン用  用紙】
ライトテーブルを使って下絵をデッサンするので薄手の用紙(コピー用紙)を使っています。

【元になる文字 秀英体の「若」】
秀英体を元文字にしています。前回のブログで語りましたように私は、デザイン制作で頻繁に使用する写植の書体をあらかじめシートに印字してもらっていました。1文字の大きさは50級(12.5mm)です。シート1枚に約80文字印字してあります。

【写植の秀英体】上の画像は「秀英明朝(SHM・写研)」。スタッフは1書体40枚ほどの中から必要な文字を探します。その後、描画サイズである150mmの大きさに拡大してA4用紙にプリントして下絵にします。
【写植の秀英体を拡大したもの】上の画像は探し出した「若」を1200%でスキャンしたもの。これをA4用紙にコピーしてデッサン用の下絵にしています。

【S-SHMのシート】
最初は準備したエレメントを使って描いていきますが、文字が溜まってくると、その中から似た構成を持つ文字を探してそれを利用します。

【S-SHMのシート】描きためたS-SHMのシートの中から使用できる文字(シート)を探します。この場合はシートNo.23。「草かんむり」「左払い」「ハコ構え(口)」。「描きためたS-SHM」シートの中に適当な文字がなかったら「S-SHMのエレメント」を使って作字しました。

S-SHMをつくる(描く)

1.デッサン用の描画シートをつくる
A4用紙に外枠(150mmの矩形)と内枠(外枠の90%の矩形)をつくります。外枠を「仮想ボディ」といいます。内枠が描画スペースです。ただし、前回のブログで説明したように文字は三角にみえたり、四角にみえたりして同じサイズであっても大きさが違ってみえます。外枠と内枠のスペースはそれらを微調整するためにも使っています。

※仮想ボディとは、書体を設計する際に、大きさの規準となる枠のことを指します。例えば12ポイントの大きさ(1ポイント=0.3514mm)の書体は4.217mmの矩形枠の中に設計されますが、この枠を仮想ボディといいます。文字の大きさは、仮想ボディのサイズで示されます。ただし書体は、仮想ボディいっぱいの大きさで作られる訳ではなく、その内側に設定された、ひと周り小さいもう一つの枠(基準枠)の中に作られます。実際の字の大きさよりも大きい枠、つまり仮想ボディがあることで、2つの文字が並んだ時に文字同士がくっついてしまうことがなくなります。
武蔵野美術大学 造形ファイル http://zokeifile.musabi.ac.jp/仮想ボディ/

【デッサン用の描画シート】IllustratorでA4のドキュメントをつくって、用紙中央に二重の枠線(矩形)を配置します。外枠150mm、内枠は外枠の90%。それをプリントしてデッサン用にします。

2.デッサン(線画)する → スキャン
元文字を下敷きにして描画シートにデッサンします。

【デッサン(線画)】元文字(秀英体)の縦画は「送り(縦画の中ほど)」が細くなっていますが、S-SHMはこれらをすべて直線にしています。カーブもできるだけ緩やかにしています。描きあがったら150dpi 100% .でスキャンしてpsdで保存します。

3.Illustratorを起動する

4.新規作成(新規ファイル)

5.新規作成画面_A4

※ウィンドウを整理する
ツールやフローティングパネルなど(ワークスペース)を整理すると描きやすくなります。

【ワークスペースを設定する】S-SHMを描画するには多くの機能は必要ありません。選択ツール、ダイレクト選択ツール、ペンツール群、「線」、「整列」、「パスファインダー」があれば十分です。それらを配置して「ワークスペース」に登録しておくと、他の仕事との区別ができて作業の効率化を図れます。メニュー → ウィンドウ → ワークスペース → 新規ワークスペース… → 名前をつける で現在のワークスペースを登録できます。

6.描画文字の枠線をつくる
A4のドキュメント上にデッサン用の描画シートと同じ枠線をつくります。

【描画文字の枠線_1】ツールボックスの「長方形ツール」を選び、ドキュメント上でクリックすると上のような「長方形」ダイアログが表示されます。「外枠」は150mmの矩形です。
【描画文字の枠線_2】矩形ができたら、矩形を選択したまま「拡大・縮小ツール」を選びダブルクリックすると「拡大.縮小」ダイアログが表示されます。「90」を入力して「コピー」をクリックすると内側にも矩形ができあがります。二重の矩形ができたら「ガイド」にします。「パス(線)」をガイドにするには、画面上の「メニュー」→「表示」→「ガイド」→「ガイドを作成」です。ショートカット「⌘5」。レイヤーは名前を「ガイド」としてロックしておきます。

7.下絵を配置する

【下絵の配置】「新規レイヤー」を作成してレイヤー名(下絵)をつけ、用意していた「デッサン(線画)」を配置する。外枠、内枠を意識しながら適当と思われる位置まで移動して、レイヤーをロックします。

8.描画レイヤーを作成する
レイヤーの順序を使い勝手を考えて整理しておくと作業を効率よく行えます。

【描画レイヤーを作成する】「レイヤー」のフローティングパネルで「新規レイヤー」で描画レイヤーを作成します。ここでは「若」という文字を描こうとしているのでレイヤー名は「若」。レイヤーの順序も使いやすいようにしておきます。ここでは下から「下絵」「ガイド」「描画(若)」とします。「下絵」のレイヤーを上にするとしたのレイヤーが見えなくなります。

9.「草かんむり」を描く_1

【「草かんむり」を描く_1】用意しておいた「S-SHM」のシートから使えると思った「草かんむり」を持つ文字をコピーしてきて、ドキュメント上でペーストする。用意しておいた「S-SHM」のシートの文字は50%にしてあり、ペースとした文字は50%のままなので、200%にして画面の脇に寄せておきます。
※拡大・縮小時の線幅などについて:「拡大・縮小」ダイアログのオプションに「角を拡大・縮小」と「線幅と効果を拡大・縮小」というチェック項目がありますが、これはチェックしません。150mmで描画した文字は、その時の線幅のまま縮小して「S-SHM」シートに貼りつけてあります。従って元に戻す(拡大する)時もチェックは外しておきます。これはこの時だけのルールとしています。なぜなら、拡大縮小で線幅が変わらなかったら小さい文字にした時につぶれてしまうからです。文字としてのバランスも狂ってしまいます。通常は角や線幅も拡大・縮小にチェックを入れておきます。もっとも、完全に仕上がった文字は塗りだけで線幅は無くなっていますのでこのことは制作時だけの注意点です。

10.「草かんむり」を描く_2

【「草かんむり」を描く_2】200%にしたら「草かんむり」だけを残して、他は削除しておきます。

11.「横画」を描く

【「横画」を描く】草かんむりの横画をコピー&ペースト。選択ツールで横画を選び、Shift+Optionを押しながら任意の位置までドラッグしてもコピーできます。

12.「左払い」を描く

【「左払い」を描く】用意しておいた「左払い」の文字をコピーしてペーストし、200%にします。不要な部分は削除して配置します。

13.「ハコ構え」を描く

【「ハコ構え」を描く】用意しておいた「ハコ構え」の文字をコピーしてペーストする。不要な部分は削除して、200%にして配置します。

14.整える
Step13でへんてこな「若」ができあがります。ここからはペンツールを使い、下絵に沿って仕上げていきます。

15.「アウトライン」表示にする
ここまでは寄せ集めたエレメントを下絵通りに整えましたが、エレメントを寄せ集めただけでまだ文字にはなっていません。ここからは「表示」をアウトラインにして、それらのエレメントをひとつにして仕上げます。

【アウトライン】ここからは表示を「アウトライン」にして作業します。メニュー→ 表示 → アウトライン(⌘+Y)です。

16.「合体」させる

【合体】「パスファインダー」のフローティングパネルを表示させます。メニュー → ウィンドウ → パスファインダーで表示されます。選択ツールにして合体させるエレメントを選択します。複数の選択も可能です。その後、Optionキーを押しながら、「パスファインダー」→「形状」→ 合体(一番左のアイコン)をクリックして「拡張」ポタンをクリックして完成です。

17.アウトライン化する

【パスのアウトライン】Step.16では描画した時の線幅(例えば1ポイント)が1本の線で表示されていて、実は太さを持っています。なので、アウトライン化して1本の線(外側)にします。「メニュー」→「オブジェクト」→「パス」→「パスのアウトライン」

18.外線を残して他を削除する
アウトライン化するとオブジェクトの外と内にパスが現れるので内側のパスを削除する。

【不要なパスを削除】アウトライン化すると外側と内側に線(パス)ができます。この時、ダイレクト選択ツールに持ち替えて、外側の線を残して内側の線を削除します。この時、線幅は失われ「塗り」だけの文字になっています。

19.仕上がり。表示を「プレビュー」モードに切り替える

【仕上がり】表示を「アウトライン」モードから「プレビュー」モードに切り替えます。(⌘+Y)

以上が「S-SHM」の描画方法です。好きな書体を少しアレンジして新しい書体にしたり、新書体を作成するなどの際の参考になれば幸いです。

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[後記]出版社からデザイン会社を経て独立したのが25歳頃。その時、自分が食べるだけの収入もないのにすでにスタッフがいた。以来、短期間にひとり、ふたりと集まってきて、一時は20人ほどが私とともに働いていた。その頃からスタッフの適正を考えるようになっていた。

スタッフは仕事を待っている。その時の場当たり的な考えでも仕事は与えられるが、彼らの将来に道筋を通してやるにはやはり「適正」を考えた配置をしなければならなかった。
適正を考えるのは個性を考えることである。本人は「イラストレーターになる」「デザイナーになりたい」と思って将来を夢見ているけれど、それにどれほどの根拠があるのかはなはだ心細いものであった。

「見える風景と見たい風景は違う」

と、何かのドラマで聞いた記憶がある。個性はふたつの風景のはざまで揺れ動いている。

人は環境に育てられるというが、会社はその環境であり、上司には彼らの道を左右するほどの力がある。それだけに、神経質にもなった。

スタッフの適性や個性を探る時、必ず小学校の成績を尋ねて、その頃に見た夢を語ってもらった。小学校も4、5年生の頃のものが参考になった。

中学、高校と進むにつれて「見たい風景」よりも「見られる(見ることができる)風景」へと変化してゆくからである。家庭の事情や常識、そして成績が「見たい風景」を幻影に変えてしまう。親兄弟や大人たちがいう「普通…だろう」が一番怖い。ほとんどのスタッフがそんな雑音に左右されて今がある。だから、スタッフの10歳の頃に「見たいと思った風景」を一緒に探ったのである。可能かどうかは別にして、それが一番個性に近いところにある将来の形だからである。

それと並行して、私は自分の適性や個性も考えた。

10歳の頃の私は「絵が上手」「写真が上手」「手先が器用」といわれ、画家になろうと思ったけれど、間もなく「字」に出会った。それが、夢(目指すもの)が画家ではなくデザイナーであることを知らせてくれた。

生まれてこのかた、「食」に臆病な私は「偏食」を通して育った。母には悲しい思いをさせ通しだった。「食」を中心にして「わがまま」のし放題だった。そんな私を認めたのか、諦めたのか両親は私の思うがままに進ませてくれた。その後も「わがまま」は続けさせてくれて、20歳代で反動が起きた。

21歳で結婚した私は22歳で父になった。家族を食べさせなければならなかった。もう「わがまま」はいっておられない。

フリーのデザイナーになった時も、我を通すことで関係を壊すことのないように自分を抑えた。

甲斐あって仕事は順調に増え、それとともに評価もついてきた。その頃になって編集者から、

「あなたは何がやりたいの?」

と、仕上がった装幀を前にして問いかけられた。
つまり、可もなく不可もない仕事に編集者は業を煮やしたのであった。

「あなたには個性がない」

と問い詰められたように思った。

デザイナーとしての可能性を見ているからこその厳しい問いかけであったと、後になってその編集者は語ってくれた。

評価が上がると重要な仕事(予算額の大きい仕事)も多くなった。ある時、7,000ページに及ぶ印影復刻本を任された。数ヶ月にわたる本文関係の作業を終えたところで装幀を手がけ、プレゼンした。しかし、ボツが出た。

理由は分かっていた。企画が大きいので関わる人も多い。それらの人たちの賛否が姦しく聞こえてきたのである。その時の私は声にない雑音に揺れていた。評価を落としたくない。仕事を逃したくない。恥をかきたくないなどといった自分の見栄や欲が聞こえていたのである。迷いがアイディアの「キレ」を失わせた。

ボツの報を受けて途方にくれた。締め切りは明後日である。

私は初めて仕事から逃げた。見方を変えれば「机に座っていてもいい考えは浮かばない」ということだろうと思うが、それまでの私は、それは「逃げ」だと思って、仕事から目線を逸らすことはできないでいた。生真面目なのである。

しかし、その時はよほど苦しかった。私は近所にあったスポーツセンターに行き、泳いだ。40~50分くらいだったろうか、プールで汗が出るほどに泳いだ。

会社へ帰るには歩いて10分足らずである。どこをどのように歩いたのか記憶にないほど疲れ切っていた。気付いた時は机を前にしていた。そして3時間ほどで装幀の案ができた。

マラソンでは「ランナーズハイ」とかいうそうだが、私の習うところでは「ナチョラルハイ」というものらしい。

他人の目や置かれた立場で抑えつけられていた「我(個性)」を、ギリギリの運動によって「そのようなもの」から解き放ってくれたのである。

そこには子どもの頃と変わらぬ他人(ひと)を忖度しない「わがまま」な自分がいた。

オーナーはこの時の装幀にいたく感動してくれたそうである。それは急遽、予定にない250万円もする新聞広告を出してくれたことでもわかった。1セット40万円。50セットがひと月で完売したと聞いた。

今回紹介したS-SHMは本来「秀英体」の模刻というか複製になったかもしれなかった。しかし、元文字の作者に敬意を払いながらも、どうしても「我」を出さざるを得ないところがあちこちにあり、ある時は恐る恐る曲線を直線にしたり、曲線を緩くしたりして描き直した。ある時期までは模刻という意識が強くて書体名に「SHM」と入れたりしたが、描画済みの字数が増えてくるとすでに別書体になっていることに気づいた。

「個性」とは「わがまま」が研磨されて姿を表すものだと自覚した仕事であった。

『栂尾コレクション顕密典籍文書集成』全12巻+別巻 発行日:1981年9月1日 発行人:堤たち 出版社:平河出版社 印刷・製本:凸版印刷株式会社
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ブックデザイン:島津義晴 アシスタントディレクター:大久保友博、黒津きよこ デザインスタッフ:クリエイティブデザイン OUT
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わがままを通してできた、『栂尾コレクション顕密典籍文書集成』全12巻+別巻。 本体のクロスがわがままの集大成でした。通常の仕事ではカバーのクロスは見本帳から選ぶものですが、この時は江戸時代を彷彿させる布のイメージが真っ先に見えてきたのです。営業さんに働いてもらいましたが、そんな見本はありませんでした。発売日が迫っていたので周りの人は適当なところで決めて欲しいといっているようでしたが、私はこだわったのです。そして縦縞の布をつくることにしました。しかし、それはそれでうまくいきません。用紙とは違って合わせが重なってしまうのです。色校正を5度ほど出してもらっても満足のいくものができませんでした。ついに私は「布だから仕方がない」だから「妥協して欲しい」という営業さんを怒鳴りつけてしまいました。翌日、担当が代わりました。印刷所の製版のアートディレクターという人がやってきて、私の要望を聞き取って帰りました。そしていく日かの後、きれいにプリントされた縞模様の布が仕上がってきました。