温故知新!アイディアのヒントが得られるかも…

雑誌のロゴタイプ 『出版ニュース』の場合[後]

ロゴタイプの描き方

ここからは私が担当した30年間で採用された『出版ニュース』のロゴタイプの制作とその周辺について解説します。
文中に Illustrator や Photshop を使ったという記載がありますが、使い方の詳細はネット上に優れたマニュアルサイトが数多くアップされていますのでここでは省略しています。

『出版ニュース』のリニュアルの依頼があったのは1990年でした。私はこの時すでに早川書房の『ミステリマガジン』と『SFマガジン』の表紙のリニューアルを終えていました。その時の経験が良い方にも悪い方にも影響することになりました。
それは、『ミステリマガジン』をリニューアルする際に、当時の『ミステリマガジン』の編集長であるS氏の「表紙(特にロゴ)はあまり変えない方がいい」という思いに影響されたことです。
S氏は1980年前後の『週刊新潮』の表紙を例にそのシンプルさをとても評価していました。表紙には谷内六郎さんの絵とタイトル、発行月くらいしか入っておらず、記事内容は書かれていません。現在の騒がしい表紙とは真逆の表紙でした。後に『週刊文春』も和田誠氏の絵を使ってそのようなシンプルな表紙の時代があります。
S氏はそのようなシンプルで力強い表紙を志向していたようです。

表紙作りに関しては後に触れることもあるでしょうから、ここでは『出版ニュース』のロゴタイプについてだけいうと、
「前のものとは大きく変えない」
と思っていました。

出版ニュース1991-1993
1991年-1993年

【1991年-1993年】リニューアル以前のロゴタイプは一見活字のようですが描き文字でした。つまり、活字のように描いた文字(明朝体)です。

活字の時代にはデザイン学校だけではなく中学校などでも必ず「レタリング」の授業があり、活字の明朝体とゴシック体を学びました。新聞の見出しを切り抜いて、それを真似て書いたりした記憶はありませんか。
ポスターなどの作品や印刷物をつくるには文字は欠かせません。現在でも絵のない印刷物はあっても、文字のないものは稀です。
従ってPCがない時代はみんなレタリングを学んでいました。そして、その過程でレタリングが好きになった者は自分なりの明朝体やゴシック体の描き方を身につけていました。
リニューアル前の『出版ニュース』のロゴはそんな時代の「活字風の描き文字」でした。

リニューアルのタイトルデザインは、「ロゴはあまり変えない方がいい」という教訓を活かして、それ以前とは大きく変わらないものにしました。つまり「活字風」に作ることにしたのです。しかし、そのままではリニューアルしたことにはなりません。手描き文字はやめてハンコ文字にしました。

・「出版ニュース」を秀英体で印字する。当時は写植屋(※)に依頼した。
・使用寸法の二分の一より小さいゴム印をハンコ屋で作ってもらう。
・押した時に適度なムラが出るように、和紙風の表面がガサついた用紙を何種類か用意して押してみる。
・良いと思うハンコ文字をコピー機で使用原寸に引き伸ばして原稿にする。
・後のために清刷(きよず)り(※)を作る。

現在ではロゴタイプやロゴマークはデータ化したものを元版にし、PC上でそれをコピーして使用しますが、当時はロゴタイプやロゴマークができあがると、必ず「清刷り」を作りました。大手企業などの清刷りは、それらの大きさを違えただけでなく、ロゴタイプとロゴマークを組み合わせたものも用意したものだから便箋一冊くらいの厚さになるものもありました。

※【写植屋・写植】写植機を使って一文字ずつ文字を打つこと(写真植字)を職業とする会社を「写植屋」といいました。
「写植」とは、写真植字という言葉の略称です。ネガフィルムにした4mmくらいの大きさの文字を縦横にずらりと並べた文字盤というのがあり、それを下から光を当てて印画紙に焼きつけます。顕微鏡のように倍率の違った回転式の何種類かのレンズがあり大きさも変えることができます。そういう機械を写植機といい、職人さんが原稿の文字を一文字一文字探し当ててシャッターを切り、印画紙に焼き付けたのです。それは写真の現像である「焼き付け」と同じ原理でした。その機械を写植機といい、写真の原理を使った植字なので「写真植字」といいます。そして、それを専門にした職業を「写植屋」または「写植オペレーター」といいました。
※【清刷り】会社や団体、商品などのロゴタイプ、ロゴマークなど、主に手描きで作られたものを良質の紙に印刷したもの。幾種類かの使用頻度の高い寸法のロゴがずらりと印刷してあり、切り取って入稿原稿に添付したり、印刷の原稿(版下)に貼って使用した。

出版ニュース1994-1995
1994年-1995年

【1994年-1995年】リニューアルして3年になろうとする頃に「変えて欲しい」と連絡がありました。長く使うと思い込んでいたから意外な変更依頼でした。
仕事ができるデザイナーであれば「なぜ変えるのか」「どこが悪いのか」などと質問して変更を留まってもらうか、意図や要望を聞いて次の制作に活かしたでしょうが、その時の私は「(依頼者が)気に入らなかった」とだけ理解してそのことを怠り、締め切りが迫った年の瀬に急いで新しいタイトルをデザインしました。

90年代になるとPCで描くロゴタイプが溢れ始めていたので、他誌との差別化を計り、少し古い時代のタイトルデザインにしようと考えました。竹ペンで描いたような動きのある文字です。こうした手書き風の文字はすぐに古く見えるようになるので、当時はロゴタイプ制作の手法としてはあまり使われていませんでした。しかし、長く使えばそれなりの風合いも出てきて良いロゴにもなります。
仕上げはPCです。Illustrator を使いました。

・竹ペン(ペン先が平らなもの)みたいなものでラフスケッチをする。私は、通常、先が平らなフェルトペン(プロッキー・太字・グレーなど)でスケッチブックに下描きをしている。
・ラフスケッチから良いものを選んで先の丸い細めのフェルトペン(ここでは先が丸い中字、細字用 黒)で縁どる。
・下絵用のスキャンをする。神経質になる必要はない。300dpi、使用原寸。
・Illustrator で仕上げる。使用寸法以上の大きさのドキュメントを用意して、スキャンした下絵を配置する。画像の表示濃度「40%」。レイヤーはロック。新規レイヤー上に描く。
・描画は「ペン」ツール。線幅は使用時に「1p(0.35mm)」になるように。線端、角の形状は共に「丸」。私はイラストレーターで線画を描く時は、基本的にこの設定をデフォルトにしている。
線端、線幅については後に予定している『ミステリマガジン』の場合で述べます。

出版ニュース1996
1996年

【1996年】リニューアル後、5年になろうとする頃に再び変えることになりました。今回は「筆字」。この頃になると、Illustrator というソフトを使用していることそのものが、クライアントなどの評価につながるというので、そこら中にPCで描いた文字(ロゴ)が氾濫するようになっていました。
不思議なものでクライアント(依頼者)の多くはオリジナリティや作品の良し悪しを判断できないようです。なので、メジャーな会社や雑誌で使用されているロゴに似たものを選びがちです。それと同時に、新しい技術を使って描いたものを喜ぶ傾向にありました。だから、仕事と割り切って描くデザイナーはPCを好んで使用しています。その結果、似たようなロゴタイプが溢れ出しています。
プロダクトデザイナーのある人はPCで描いた形を Mac Lineと揶揄(やゆ)していましたが、確かに、街で見かけるPCで描いたロゴタイプは似通っていました。

しかし、私は街のポスターや看板、または資料などによって流行の形は繰り返し見ています。見飽きているせいもあってそれらに似たものは作りたくないという気持ちが強く、見たことがない形へ思考を巡らせました。
一般に、現場と依頼主(クライアント)ではそこに温度差があります。クライアントは「よく見かける文字」に安心感とステイタスを感じるようです。一方、作り手の多くはオリジナリティを追求します。依頼者と作り手の間にはそうした視点や思い込みにズレがあり、プレゼン時の成功、不成功の分岐点になるので注意が必要です。

似たものは作りたくないという気持でたどり着いたのが「筆字」でした。加えて、本格的に「筆字」を始めて数年が経っていて、慣れてきていたこともあり、この時の私にとって「筆字」のアイディアはベストチョイスだったのです。

・筆字はイメージを持ったらその造形が現れるまでひたすら描くしかない。
・ちびた筆を用意する。描いてみてガサつくくらいのもの。
・ロゴにするのでにじみは少なくするために「墨汁」を使う。
・表面が粗い半紙を数種類用意する。描いてみてイメージを確かめた後に用紙を決める。
・肘を支点にしてハンドリングよく描くか、肩を支点にして大きく描き、筆跡が現れるように描くかは描いて見てイメージに近い描き方を選ぶ。この時は前者だった。
・かすれ具合を見て、仕上がりの大きさを決める。かすれを目立たせたければ墨汁を濃い目にして大きめに描く。
・最初は筆順を確かめる程度に描いてみる。筆順を確認するだけでもオリジナリティが出てくる場合もある。100枚書くつもりで、一気に。疲れたら間を取る。更に描く。あとは良い造形を得られるまで繰り返す。
・ベストの一枚を選んでスキャン。Photshop で「繊細な選択範囲」を作って切り抜く。最終的には2値に変換して元文字にする。

出版ニュース1997-1999
1997年-1999年

【1997年-1999年】この頃になると、私は「あまり変えない方が良い」という考えは薄れていたけれど、1年でリニューアルは早いと思いました。
前回で Mac Line は避けるために「筆字」にしましたが、デジタル化が進んでいる上にPC文字が一般化していました。そしてデジタル入稿が日常になっていたこともあり、私はここで改めてPCでオリジナリティを模索しようと思いました。
Illustrator のペンツールで書くとどうしても「ありそう」な曲線(MAc Line)になるので「ドット」にしました。街角にある大型ビジョンのニュース速報をイメージしたアイディア。
今回は「大型ビジョン」→「光」とイメージが広がったので、ロゴ作成には不向きだと思ったけれど直感的に Photshop を使うことにしました。

・イメージはドットのグラデーションだけど、基本になるのは文字の骨格(フォルム)。鉛筆やフェルトペンで元になる線「1本の線」で形を完成させる。
・45度下方にドットを複製し、大きさを段階的に縮小。適当なボリュームが出る所まで繰り返す。

後のことになりますが、当初のイメージが夜の街頭の電飾版にニュース速報が流れる映像だったために、映像→Photshop と短絡的にアプリを決めたけれど、やはりロゴ作りは Illustrator の方が良いと思いました。

出版ニュース2000-2001
2000年-2001年

【2000年-2001年】もう変更には驚かなくなっていました。年が明けると、今年はどんなイメージにしようかと考え始めました。正式な依頼は年末の締め切り間際になるだろうと予測しながら、いくつかの候補に絞って徐々にイメージを固めていきました。

この時は手がかりとなるイメージや具体的な形があったわけではなく、いわば技法の遊びです。「平筆」で縦線、横線を不規則に描いてみました。
描き文字の場合、縦を太線、横を細線に描くと統一の取れた美しい文字ができますが、そうしたルールに縛られることなく、むしろ意図的に規則性を乱すことで美しい形を模索しました。
部分に使われている細い罫線でできた縦、横の線は筆字の時のカスれをイメージしたもの。

・先の平らなフェルトペン(太字・水性)で下描き。この時、手首の可動範囲で描ける大きさが良い。大き過ぎると不自然な文字になることがある。
・適当と思う文字を選んで先端が丸い細字用フェルトペン(黒)で縁取りする。
・スキャンする。使用寸法より大きく。
・Illustrator のドキュメントにスキャン画像を配置→ペンツールで描画。

出版ニュース2002-2010
2002年-2010年

【2002年-2010年】リニューアルを依頼された時に「ニュース」という言葉にイメージがありました。そこに立ち帰ろうと思いました。ニュースといえば新聞、週刊誌、ラジオやテレビ。共通しているのは「速さ」。形に置き換えると、「横組み」→「横位置」→「横長」とシンプルにとイメージは膨らんでゆきました。
描き方は前年のロゴと同じ。ただし、この時は技法上の遊びはせずに、縦は太線、横は細線でニュースの「速さ」を強調してみました。

・先の平らなグレーのフェルトペン(太字)で下描き。この時、手首の可動範囲で描ける大きさが良い。大き過ぎると不自然な文字になることがある。
・適当と思う文字を選んで先の丸い細字用フェルトペン(黒)で縁取りする。
・スキャンする。使用寸法より大きく。
・Illustrator のドキュメントにスキャン画像を配置→ペンツールで描画。

出版ニュース2011-2012
2011年-2012年

【2011年-2012年】この時の変更は蛇足だったかもしれません。というのは、私は前のものを気に入っていたからです。『出版ニュース』にふさわしく10年使っても古くならないと確信していました。しかし、前回の変更から2年が経つと判で押したように「リニューアル」の依頼がありました。
この時、私は還暦を過ぎていました。あと10歳若ければ、編集長(この時、S氏は社長を兼務)に変更しないように交渉したと思います。しかしもうその気力がありませんでした。反省しています。

そういう理由からこの時、新しいイメージは持てていません。ただ、変えて欲しいという要望には応えようとしました。イメージが持てていなくても任された責任は果たさなくてはいけません。造形的に恥ずかしくない完成度を保つように心がけました。

特別なイメージを持てなくて、それでも「変える」という時には現在と「反対」側の形を模索してみます。つまり、横長を縦長に。明朝体(縦が太線。横が細線)に見える形をゴシック体(縦線と横線が均等の太さ)にという具合です。さらに、曲線を使うことで「速さ」よりも「緩やかさ」のイメージへと変えてみました。そして、そのイメージに従って下描きのための道具も変えてみました。

・描くときの角度で太さに差が出にくい先の丸いフェルトペンで下書き。この時、手首の可動範囲で描ける大きさが良い。大き過ぎると不自然な文字になることがある。
・適当と思う文字を選んで太さを調整する。→トレースを繰り返して形を詰める。
・使用寸法より大きくスキャンする。
・Illustrator のドキュメントにスキャン画像を配置→ペンツールで描画。

出版ニュース2013-2017
2013年-2017年

【2013年-2017年】前回のロゴは具体的な「イメージ」を持たずに「変える」ことを目的として技法のみで描いたので、当初、ニュースという言葉に抱いていた「速さ感」を失っていました。

表紙のデザインを担当して以来、タイトルのデザインはずっとニュースの「速さ感」や「動き」を模索して、ある時は瞬間芸術を真似て「筆字」にしたり、ある時は電飾版をイメージしたり、横長にしたりしてきました。何度も変更依頼があったことでそのイメージは間違いなのではという迷いが生じ、いつの間にか当初抱いたイメージやアイディアを忘れてしまっていました。しかし、やはり最初に持ったイメージが良いと思いました。
一番気に入っていたのが「2002年-2010年」のロゴだったので、それをベースにアレンジを試みることにしました。
何事も抽象的に表現すると大人ぽくなり、具体的にすると幼稚になります。同じように省略すると大人っぽく、いろいろ付け加えると子どもっぽくなりがちです。しかし、この時はあえて「風を切る」というイメージを横線と切り込み線で具体的な表現しました。やり過ぎると幼稚になるのでギリギリのところを見つけるのが大事です。さらに、「出版」と「ニュース」を分けることでメリハリをつけました。その分、速さ感は薄れますが存在感は増します。

・「2002年-2010年」のロゴをPC上で複製して、天地左右の適当と思われる比率を探す。
フォルムが決まったら描きやすい大きさにプリントし、それを下敷きにして先の平たいフェルトペンで下描きをする。この時、手首の可動範囲で描ける大きさが良い。大き過ぎると不自然な文字になることがある。
・適当と思う文字ができたら「速さ感」を出すための横線を描き足す。切り込みはPC上で。→トレース繰り返して形を詰める。
・使用寸法より大きくスキャンする。
・Illustrator のドキュメントにスキャン画像を配置→ペンツールで描画。

※ここまで「描き方」の記述に、度々、
「手首の可動範囲で描ける大きさが良い。大き過ぎると不自然な文字になることがある」
とあります。
これは例えば畳一枚の大きさに絵や字を描こうとする時は全身を使います。それは主に「腰」を支点にしています。
B全紙やB2判だと肩を、A4の用紙やノートなどは肘を支点にして手首を使って描きます。
そのようなイメージで説明しています。
小さなものを描くときに腰を支点にしたり、大きなものを手首だけで描いたりすると貧相な不安定な形になります。描く大きさで支点の位置を腰、肩、肘を使い分けるのが大事なのです。細かい作業は手首を支点にして指先で描くこともあります。

以上が、私が担当した『出版ニュース』ロゴタイプの制作風景です。

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『出版ニュース』は日本出版配給(日配)が、1943年(昭和18年)から旬刊『新刊弘報』(しんかんこうほう)として発行したもので、その後、1949年(昭和24年)に発行元が出版ニュース社に代わり『出版ニュース』として発行されるようになった。『出版ニュース』は七十数年に亘りその役割を果たし、2019年3月下旬号で休刊になった。更に、出版ニュース社は情報が紙媒体からデジタルに移行して来たことと、長きにわたる出版不況の影響を被り2020年3月末をもって廃業した。

2019年3月下旬号 最終号

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